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おぼえがき

juubee's おぼえがき

宍道湖の夕日(になる前) と大山

雑記

2026/7/8

筆者の場合、ボカシは大抵、油粕:米糠:腐葉土を8L:16L:14Lぐらいで作る。80Lのトロ箱を使う。腐葉土の菌で好気性発酵する。腐葉土の替わりになんでも使えるが、微量元素を少し入れたい気持ちもあって腐葉土を使う。カリはあまりないので、たまに草木灰を入れたりする。畑に草も多いので、それがカリにならないかなぁと思ったりもする。このボカシは遅くとも2週間あればできあがり、頑張れば1週間でもできそうではある。

それを今回は油粕抜きで作った。米糠と腐葉土。そしたらいつまで経っても温度が下がってこない。2回目の切り返しをしても60℃以上が延々と続いた。こんなにかかるのかと思った。それがこのところようやく収まってきた。始めてからこれで1ヶ月ちょっと。炭素率が示すように、米糠は肥料というより堆肥なのかな(笑)。

考察1 米糠を直接畑に撒いた時、肥料としての効果を発揮するまでの時間
経験上、油粕は暖かい時期で1ヶ月弱と思っている。炭素率は油粕7で米糠23ともいうから、今回のボカシ?作りにかかった期間を考慮すると、米糠は4ヶ月以上かかっても不思議ではない。ありていに言えば、効果を感じることは難しいと思う。

考察2 発酵の挙動は総合的な炭素率によるらしい
前から不思議に思っていた。油粕の発酵は早く、米糠は遅い。複数の材料を混ぜ合わせたボカシが、それぞれの材料がそれぞれで発酵するのなら、油粕の発酵はすぐに終わり、米糠は今回のように1ヶ月ちょっとかかるはずだ。しかし、実際には早く終わる。どういう理屈かわからないが、単体の発酵がそれぞれ起こるのではなく、総合的な発酵が行われるのだろう。


2026/7/5

慣行農法より雑草が遥かに多いので、ネギの除草が大変。beforeとafter。

種採りを続けている久留米長ナス。今年は陽当たりのいい畑で半分の6株を育てている。全部で12株は多すぎるが、種のことを考えると多く育ててしまう。

水大好き野菜は草マルチを厚くするのが基本方針だったが、畑内の草だけでは足りないし、他から持ち込むのも大変なので、今年は高刈りと草マルチを併用してみることにした。

除草しないと埋もれてしまうが、暑すぎるのが苦手な西洋かぼちゃなので、除草し過ぎないように気を遣う。今年はこの程度までで、後は放任することにした。


2026/7/1

5月初めに妻が大腿骨頸部を骨折した。地元の小学校に、教師としてではなくお手伝いとして勤務していて、三角コーンを準備中におかしな倒れ方をしたらしい。救急車で運ばれ、翌日には手術。セラミックとチタンでできた人口骨頭となった。6月に家に帰ってきて、生活の中でリハビリ中。筆者も午前中はずっと有休をとり、妻のリハビリに付き合ったり、畑作業をしていたりする。
働く時間がいままでの半分になったし、大方の仕事はやり終えていて暇だし、こうなると少しボケてきたかもしれない。問い合わせがあっても、思い出すまでに時間がかかる。それに、やる気があまりでてこない。

妻が骨折する前、なかなかな決まらなかった妻の次期登山靴を買った。娘と同じスポルティバになった。これを履いて滋賀県の金勝アルプスへ行ったのが、今年の妻の山行の最後となるだろう。今年の妻は特に山に熱心だったが、1年間我慢することになっている。同じ店で薦められたのが、XERO SHOES のプリオ。いわゆるベアフィットシューズ。妻は学校の内履きにした。筆者も買った。靴底は薄く、つま先から踵までまっ平。はだしで歩く感覚に近い。指で蹴ったり、いままでの歩き方と違う。とても楽しかったのが、妻のリハビリも兼ねて白山高山植物園まで行った時。駐車場から植物園まで歩いて10分くらいの広くてなだらかな山道があるのだが、土の感触、岩の感触、草の感触が、気持ちよかった(アスファルトやコンクリートの上はなんだか味気ない)。

歌う時もよい。姿勢は基本的に踵荷重と言われているだが、踵が浮いていないからスッと立てる。今までも練習で真剣に歌う時は靴を脱いで靴下だけで歌う時もあったが、体がこういうことを求めていたのかと納得。演奏会用の革靴もベアフィットにしたいと思うようになった。

懐かしい感触でもある。筆者は、小学生の時まで(ほとんど一体成型の)ゴムでできた短靴を履いていた。つま先から踵まで高低差がなく、底も厚くはなかったように思う。これを履いて学校まで1.5kmの未舗装道を毎日往復した。6年生の時、体育会で一人校旗を掲げて行進したのだが、練習時に先生から膝が曲がっているから真っすぐに伸ばせと何度言われても結局直らなかったのは、すでにベアフィットシューズの歩き方を身につけていたのか(笑)。
高校生までは、時折、父と一緒に山の木の手入れをした。苗を担いで行って植えたり、下草を刈ったり、雪起こし(小さい杉が雪で倒れるので針金などで引っ張って起こす)をしたり、枝打ちをしたりした。この時、足元は常に地下足袋だった。これもベアフィットと言っていいと思う。


2026/6/20

いつものボカシは油粕:米糠を1:2〜3で作るが、今回は米糠のみ。右のグラフは温度ロガーで測ってる温度推移。横軸目盛り1つは24時間。仕込んで3日経ってから切り返しして以後放置していた。次第に温度が下がってくるが、何回か思い直したように温度が上がる。いままでこんなことあっただろうか。これを第何次発酵とかいうのだろうか。

なぜ米糠だけのボカシを作ろうとしたのかというと、春植えのキュウリに最初のうちはウリハムシが多かったので、夏植えのキュウリには窒素が極端に少ないボカシをあげようと思ったから(その後の春植えは大きくなったらウリハムシが少なくなったのでその必要性はかなり薄れたが)。

大仕事を終え、後はリタイアするのみとなったので、今は午後だけの勤務になっている。近年は忙しくて畑をゆっくり見回れなかったが、ようやく畑で多くの時間を過ごすことができるようになった。


2026/6/3

玉ねぎに今回初めて黒ビニルマルチを張った。張らないと草とリが半端ないから。肥料は植え付け時のボカシのみ。雪の具合は年によって違うので数年繰り返さないとわからないが、マルチを張ったほうが生き残り率が高そうだ。

サツマイモは毎年、収穫後にエンバクを蒔き、植え付け前にエンバクを刈って草マルチにする、というサイクルを続けている。時々エンバクがライムギに変わったりする。耕さないせいか、苗が活着しないことはほとんどない。

長ネギを植えた後は、枯れた雑草を溝に入れ、土を軽くかける。成長に合わせてそれを繰り返す。それが最近のやり方。以前は米糠も施していたが、施さなくなってから虫害がほとんど無くなった。養分も枯れた雑草で足りているみたい。肥料より空気が必要なんだなと実感。

問題は草の処理が大変なこと。ネギは草に埋もれると消えてしまうが、なにせ自然農法なものだから草は半端ない(笑)。いい方法ないかなぁ。

かぼちゃも、まあ、順調かな。


2026/5/24

これ、やばくない?(笑)

トマトを定植して2週間経った。誘因ヶ所がだいぶ下になったので、付け変えようとしたのだが・・。

左が(桃太郎の何かだったと思うが)近くのHCで購入した接ぎ木苗。接いだ部分から(穂木の?)根が出て、地面に届きそうだ。せっかくの接ぎ木苗なのに、なんてことだ。芽欠きならぬ根欠きの必要がある(笑)。

右が筆者が接いだ接ぎ木苗。接いだ部分が高い。接いだ部分から根が出ても地面につくことはなさそうだ。高接ぎは諦めて双葉の上で接いだのだが、これでも十分に高そうだ。

左の市販品には双葉がない。双葉の下で接いでいるのだろう。残り3つの市販品も接いだ位置が低い。(今回は買ってしまったが)以前、近くのHCで買った接ぎ木苗では病気になるので通販で買うようになったのだが、これが原因だったのだろうか。接木苗もいろいろあるというところか(笑)。


2026/5/11

カボチャとトマトとピーマンと甘トウガラシの苗を植えた。自作接ぎ木の成果で、トマトの市販接ぎ木苗購入は4つにとどまった。来年はピーマン類もやってみるかな。

家の前の畑に、毎年恒例の猿落くんを張った。妻と二人がかりで1日弱かかった。しかし、前日か前日の夜にさやえんどうの実がことごとく食べられていた。筆者以上にえんどう好きの妻はとても悔しがった。一日早く網を張れば、こんなこともなかったのにと・・。昔は一気に作業できたが、今年は休みながらでないとできない。筆者が先に亡くなれば、こんな手間かかることは絶対できないだろうなと話した。

畑が県道に接しているのが気がかりなところだ。ゆったりした網なので草が伸びると道にはみ出し気味で結構気を使う。もう少し道から離したいところだが、畑が狭くなる。隣家の屋根から雪が落ちるので毎年設置しなおす必要がある。猿害は少なくなるものの、完全にはなくならない。ワイヤーメッシュと電気柵の組み合わせも提案したが、妻的には電気を流したくないらしい。


2026/5/8

残念ながら、ぬか喜びだった。今は萎れている。接ぎ木する方法も養生する方法も、じっくり検討しないといけないようだ。

今年の大河ドラマからは離脱することにした。史実と同じでないとけしからんとは言わない。奥方を思う気持ちに感激して寝返ったとか、弱肉強食の戦国時代にはおよそあり得ないとってつけたような理由である、などなど(そのわりに残酷なシーンは豊臣兄弟の軽く明るいキャラに似合わないくらい残酷で、これも違和感)。新解釈で引き付けたいのだと思うが、あまりに底が浅い(おかげで、不評らしい小谷落城の回は見なくてすんだ 小谷城は数年前の春に訪れたことがある)。


2026/5/4

ツギピン

成長が遅れていた台木と穂木の一組が適当な大きさに育った(一般的にはちょっと大きいが)ので、テストと思って別の接ぎ木法を試した。接いだ当初は水分が吸収できずうなだれるが、12時間経ったらもうシャキッとしていて驚いた。今年はもう遅いが、来年の接ぎ木はこれにしようかな。

前回行ったのは幼苗接ぎ木。本葉2枚で、治具を用いて角度を揃えて斜め切断して、適当な大きさの透明な小さいクリップに差し込んだ。茎が大きい時は広げて挟んだ。後で、うまくいかず廃棄した苗を見ると、まったくくっついてなかったり、斜めにずれて一部がくっついているだけだった。接いだ部分が見にくいので仕方ないかもしれない。

今回はツギピンを用いた。台木も穂木も、軸に対し(目視で ^^;;)直角に切断し、ピンを差し込んで接いだ。接いだ部分がはっきり見えるのがよい。このままでは回転するので、大きめのクリップで留めた。ピンを挿すので、台木も穂木も、今回は少し大きめ。(接ぎ木用品ではよくあることだが)購入単位が大きいのが悩みどころではある。今回は100本購入した。

練習用にトマトの種を50個蒔いたのが、不要になったかも(笑)。


2026/4/27

あまり成功してない(泣)

接木して1週間が経った。成功率は低そうだ。贔屓目に見て1/3ぐらいかなぁ。接ぎ木の問題なのか、その後の養生の問題なのか・・。ここを見る限り、養生による成功率の変動はそれほど大きくない。接ぎ木が下手なのかな。沢山練習しよう。いろいろ考えよう。

でも、まてよ。種代全部で3,000円弱。これでも、接ぎ木苗を購入するより遥かに安い(というより、接ぎ木苗が高すぎる 笑)。

我が県にはめずらしい宗教曲を専門に歌う合唱団の演奏会へ行ってきた。指揮者の〇〇先生はそのスジで海外留学経験もあり、メンバーもそれなりの方が集まっている。聴くのに慣れない人にもわかるように宗教曲の歴史を辿るようなステージ構成で、演奏自体も素晴らしかった。
だが、しかし、いつも思うことだが、キリスト教徒でもない我々が、ただ演奏のためだけに宗教曲を歌うことの矛盾を強く感じてしまう。演奏する方には悪いが、付け焼刃の印象がぬぐえない。わが男声合唱団も〇〇先生にご指導いただいたことがある。とても素晴らしい先生で妙に筆者と気が合う(つもりでいる)。このコンサートを聴くまでは、この合唱団に入ろうかと思わないでもなかったが、宗教曲ばかりでは筆者には耐えられそうもないことを自覚した。
翻って、今歌っている歌を自分の歌として歌えるよう、もう一歩踏み込んでみたい。若い頃はそうして歌ってきたはずだから。


2026/4/12

接ぎ木できるかなあ

台木のBバリアの大きさはわりかし揃っている。けど、麗夏もフルティカも千果も、発芽時期や大きさがかなりばらついている。発芽してない種も多い。種を半分づつ4日ずらして蒔いているから成長がある程度ばらつくのは仕方ないんだけど、ばらつきすぎる。小さい種が多くて、種蒔きする時から不安だった。少なくとも発芽日を揃える工夫が必要だろう。本当にこんなので接ぎ木できるんだろうか?? そして、そのうち何本が成功するだろうか。頭が痛い(笑)。

唯一の教訓は、穂木は教科書どおりに3〜4日後に蒔くのが無難だということ。試しに同時蒔きしたのが台木より大きいのがかなりある(笑)。

うちの会社、ガスボイラーを使う。ところが、来月のガス入荷がよくわからないらしい。すでに単価が4割増しとか。染料や薬剤もどうなるか不明らしい。ホルムズ海峡封鎖も先が見通せないので、操業できない日がどのくらい出るかわからない。筆者はいつリタイアしてもいい状態なので気楽だが、若い人はそうもいくまい。彼(と、かの国)の暴走を止められないものか。

この春に息子が都内国立大学の講師になった。早稲田では期限付きだったが、クリアすべき課題があるとは言え、今度はほぼ永久就職と言っていい。アパートも引っ越し中。親バカでまた書いてしまうのをお許しいただきたいが、小学校の校長先生から言われた「あなたは学者になりなさい」(いや、本当にそう言われたんです)を着実に叶えている。小学生の時に好きだった分野をそのまま仕事にしているのも、なかなかできることではない。我が子ながら大したものだ。ここまでに育てていただいた、筆者が見知らぬ多くの方々に深くお礼を申し上げる。
これでようやく子供たちも落ち着いた。筆者もリタイアして悠々自適の老後生活になるはず?だが、建築サポートの訴訟が終わってないせいなのか、うれしさも「中くらいなり」である(笑)。


2026/3/21

ようやく育苗開始

うちの畑ではトマトは病気になるので、近年は接ぎ木苗を買うようになった。今年の1月にいつものところに注文しようとHPを覗いたら、あまりの高額にびっくり。あまりに腹立たしいので、来年から始めようと思っていた接ぎ木苗の自作を前倒しすることにした。
普通の人はもう少し早くから育苗を始めるのだろうけれど、どうもあまり寒い時期から始める気にならない。いつも感じるのは、寒い時期にいくら温めても、光は春のものではない。なんかアンバランスな気がする。それで、ついつい、陽だまり育苗の補助的な感じで遅く始まってしまうのが常態化しているのであ〜るw

さて、接ぎ木するからには、台木と穂木の2つが必要だ。初めてだから失敗が多い気がする(もしかして失敗ばかりだったらどうしよう)。台木は全部の、穂木はまずは半分の、種を蒔いてみた。3〜4日後に残る半分を蒔くつもりの場所も確保している。だから、必要なトマト本数にしては、トレイがとても多い。台木はBバリア。個人で買える量や価格を考えると、こうなった。

トレイが小さいと乾きやすくて水やりに気を遣うので、大きめにした。ポットは種を採り繋いでいる久留米長ナス。


2026/3/20

二日目は、三日目に行くはずだった出雲大社へ。かつて、卒業旅行で友達と訪れた妻にとっては、私と結ばれたお礼参りだったらしい(結婚43年ではかなり遅いし、何も持ってきていないが 笑)。神無月には八百万の神々が上陸されるという稲佐の浜にはなぜか若い女性が多かった。登るはずだった三瓶山も遠くに見えた。今も現役という日御崎灯台の長くて狭くて急な螺旋階段を上って上に出たが、高さにビビってしまって景色は楽しめなかった(妻はそんな私を面白そうに、たぶん優越感を抱いて、微笑んだ)。一方の妻は、立久恵峡の揺れるつり橋にビビッていた(これでおあいこか 笑)。今日はちょっと奮発して温泉泊り。
三日目は、寄り道しながら帰るだけにした。中海に浮かぶ大根島と江島を経由して弓ヶ浜の砂州へ。長大な砂州の向こうに雲をかぶった大山の裾野が見えている。長い裾野をあがって大山ナショナルパークセンター付近に来たら、雲は晴れて大山が輝かしく現れた。ラッキー。この後、寄りたいところはあったが時間もないので、鳥取砂丘だけ訪れて帰途についた。

リタイア時期はまだはっきりしないが、夫婦での旅行も楽しめるようになりつつある。年齢的にもここ数年間ぐらいが勝負?だから、沢山出かけようと話している。

同じ頃、息子も旅行に出ている。自前で準備した2週間のヨーロッパクラシックコンサートツアー。パリに数日いて、ロンドンへ行き、今はミュンヘンにいるらしい。ほとんど毎晩、オペラかコンサート。昼は美術館か散歩。4月からは新しい勤務先となるが、その前にいままでのご褒美旅行。


2026/3/19

マツエ、サムイ

島根県立美術館から宍道湖沿いに北上する道は寒かった。風も強かった。あられまで降ってきた。傘をさそうとしたが、ちょうど近くにあったトイレで雨宿り。どうやらすぐ止みそうなので、そのまま歩き続けて宍道湖大橋を渡った。お昼時の蕎麦屋さんに入った。ローカル色が強い。なにやらわからないままおすすめを注文。割子そばの汁は濃いめだったが、悪くない。次に、ゆがいたままのソバが出て、すっかり満腹。これなら、当分ソバは食べなくてよい(笑)。ヘルン旧邸などを見学して、松江城を回って、県立美術館まで戻った。
中海と宍道湖をつなぐ大橋川が市中を東西に流れており、朝ドラであったように、お城があって武家屋敷が多い北側とそうでない南側で身分?による住み分けが、明治初期なのだから残っていても不思議はない。ヘルン旧邸は城のすぐ近くにあり、朝ドラで見るよりこじんまりした家だった(画像は南向きの板の間でくつろぐ筆者)。松江城は木造の素晴らしい城だった。恥ずかしながら、国宝とは知らなかった。
県立美術館ロビーで宍道湖の夕焼けを待ったが、雲が多くて落日までは見れなかった。妻はそれでも満足して、格安のホテルに向かった。近くのお店で夕食を摂ったが、とても美味しかった。そして安かった。

二日目。計画では三瓶山に登るはずだったが、天気もいまいちだし、雪が残っていることもYAMAPの活動日誌でわかっているし、なにしろ平地でも寒い。諦めて、観光を楽しむことにした。


2026/3/5

大人げないとわかってはいるが、考えてしまう。歌うべきか、歌わないべきか、歌うなら一人だけ英語で(こっそり)歌うか。

所属している男声合唱団で、ある音楽イベントに出演する。最後にイベント参加者全員で演奏するのが「カントリーロード」。ジブリの「耳をすませば」の主題歌として知られている。オリジナルはジョン・デンバーの「Take me home , Country roads(故郷へ帰りたい)」。洋楽に興味が湧き始めた、当時高校生の私が中学生の弟と共同で、人生初めて、シングルレコードを3枚買った中の1枚である。

昨日初めて練習した。楽譜はほぼ2部合唱で簡単なものだった。しかし、練習中、次第に(歌いたくない)思いが募った。歌詞もテンポも私の知っているジョン・デンバーの歌唱とはまったく異なるからである。オリジナルの歌詞は簡単に言えば、故郷とそこに住む母への郷愁を歌ったものだ(千昌夫の「北国の春」と同じようなものか 笑)。しかし、ジブリ版は逆に、故郷には帰らない、さよなら、と歌う。少しアップテンポで、おまけに日本語だからオリジナルのような雄大さが出ない。

まともにアニメを見ていない私だから、「カントリーロード」を悪く言うつもりはない。そうなったのにはそれなりの理由があるのだろう。
だが、しかし、「Take me home , Country roads」は私の青春時代に深く心に刻まれた歌なのだ。親戚からむりやり借りた小さい簡易なステレオ、その本体スピーカーと並列につけた小さいスピーカーユニットをヘッドフォンのように耳に当てて何回も何回も繰り返し聞いた思い出の歌、それを壊したくない。だから、「カントリーロード」は(できれば)歌いたくない。

ジョン・デンバーなら「Rocky mountain high(ロッキー・マウンテン・ハイ)」と「Sunshine on my shoulders(太陽を背に受けて)」を推す。カラオケで一度くらいは妻の前で、「Annie's Song(緑の風のアニー)」(筆者注:アニーは奥様の名前)を歌い、「Let me die in your arms」と演ってみたいが、いまだにその機会はない。たぶん、わからないだろうが・・(笑)。


2026/3/2

初めて北陸新幹線に乗った。東京へ行った。関西へ行こうとすると敦賀以後のコースがいまだ定まらず、乗り継ぎが必要になって不便になったが、東京へ乗り継ぎなしに短時間で行けるのは便利と言えば便利ではある。車窓の見慣れた風景がいままで経験のないスピードで吹っ飛んでいくのはなんだか慣れない。思っていたより振動する。東海道新幹線はもうちょっと静かだったような気がするのだが・・。帰りはなんだか疲れてしまった。ずっと同じ姿勢で乗っているのがつらかった。列車に乗るのが久しぶりだったこともある。東京もここ10年は行っていなかったし。

なぜ行ったか。息子の講演があったから。学会発表などにはおいそれと行けないが、公民館で行う一般向けの講演なら行きやすい。これを逃したらこういう機会は今後ほとんどないだろう、ということで、昨年から楽しみにしていた。今頃は私もリタイアしているだろうから、息子の新居でお泊りするとして車でゆっくり来ようと思っていたのだが、いまだリタイアの日程が決まらず、息子の新居移動も十分ではないので、JRで日帰りとなったのだった。

一時は心配した太っちょも、食生活改善に取り組み始めたこの前より一段とスリムになって、ネクタイの柄も若々しく、(親が言うのもなんだが)なかなかイケメンになってきた。やや早口ではあるが、言葉は明瞭で中身もわかりやすく、途中で10分間の休憩を挟んで2時間、しゃべりどおしだった。まあ、よく続く。原稿もほとんど見ていないが、スラスラと口が回る。PPTも前日の晩遅くから用意したとはとても思えない(笑)。息子の仕事の一端が垣間見えたような気がして、とても頼もしかった。これで長くいた早稲田での仕事もほぼ終わったらしい。
聞くほうにもビックリ。公民館の特別展示に関連した講演なのだが、熱心にメモを取る方が多かった。息子も後で、「大学生より熱心」と言っていた(笑)。


2026/2/7

1か月遅れですが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

雪が積もりました。一時は1.5mぐらい積もったので、軒先だけぐるっと周囲を落としたのですが、それ以後ほとんど積もらないので今は70cmぐらいになっています。

若い頃は毎週のように通ったスキーも膝を心配する年頃になりましたが、一日中家でゴロゴロしていてもしかたがないので、散歩にでかけました。雪の上を歩くのもいいですが、ある程度のトレーニングも兼ねて、雪のない滋賀県の南部、近江八幡へ行きました。
琵琶湖沿いの近江八幡運動公園に車を止めて、近江八幡山の周囲をぐるっと一周しました。10kmぐらいのつもりで出かけたのに、妻の万歩計では最終的には15kmになってました。なんと大雑把な計画(笑)。画像の川は、西の湖から琵琶湖に流れ込んでいます。途中、時代劇撮影でよく使われる風情のある八幡堀を歩いたり、西之湖園地付近の草原で小休止したり、八幡山北端にある百々神社に参ったり、お天気もよく幸せな時間を過ごしました。

仕事のほうですが、年末年始に切り替えた新しい基幹システムは、ある程度のトラブルはあるものの、今のところなんとかなるものばかりで、ほっとしています。このまま大過なく2〜3ヶ月過ぎれば、いよいよ私のリタイアも近くなります。建築サポートとの裁判も弁護士にお任せしましたので、これでようやく人並みの老後というものがやってくるのでしょう。実感はありませんが・・(笑)。


昔の